第四十回 何有展

第三十九回 何有展

第三十八回 何有展

第三十七回 何有展

第三十六回 何有展

第三十五回 何有展

第三十四回 何有展

第三十三回 何有展

第三十二回 何有展

第三十一回 何有展

第三十回記念 何有展

提山の生涯
提山の生涯

提山は、大正六年(一九一七)七月十七日、碧海郡桜井村(現安城市桜井町)に生まれる。本名昌尚。

提山の生涯

同年三月二十四日、親戚にあたる書家中川南巌が逝去しており、父は昌尚がその生まれ変わりと信じ込み、 幼少より厳しく書道の指導にあたる。

提山の生涯

のち愛知県立岡崎師範学校に入学、森曽水の指導を受け二十三歳で文部省検定習字科に合格し、 小中学校に奉職して教育に情熱を燃やしつつも、三十一歳の時に「提山」と自ら命名して書の道を 志すこととなる。

『霊機』(安城市民ギャラリー蔵)

『霊機』(安城市民ギャラリー蔵)

はたして運命的出会いがあり、三十二歳の時に現代書の先駆者手島右卿の作との邂逅を経て師事。 師の感覚的な書造形の妙に加え、提山は思想・哲学にも拠り所を求めて独自の道を歩み、 平成元年日展出品作『霊機』にて内閣総理大臣賞を受賞する。
 師の逝去後、独立書人団理事長に就任し、師亡き後の団の結束を固めまた財団化を図って 組織の安定化に尽力するとともに、書作面では自己を突き詰め万人共通の精神世界から生まれる書を追い求める。 『土』・『雷』・『鳳』などには、人の技とは思えない天佑の現出さえ感じさせる。

  • 『雷』

    『雷』

  • 『鳳』

    『鳳』

書の理想の高みを感得したのか、晩年の作に『人生山脈只茫々』がある。その果てしない世界を遠く眺めるように書作への情熱を語りながら、平成十六年(二〇〇四)十一月八日永眠。享年八十九歳。法名『釈提山』。

『人生山脈只茫々』

『人生山脈只茫々』

 この度名古屋市の共催を得、三回忌を機に名古屋城天守閣にて『書人─戸田提山展』開催の運びとなる。 提山最後の随筆が『武士道と書』であり、奇縁と言わざるを得ない。

戸田提山(本名・昌尚) 略歴

  • 1917年(大正6年) 0歳
    7月17日、戸田幸・すずの長男として安城市に生まれる。
  • 1924年(大正13年) 7歳
    愛知県知多郡八幡第二尋常小学校に入学。
    父の習字の指導が始まる(六年間続く)。
  • 1932年(昭和7年) 15歳
    愛知県立岡崎師範学校、本科第一部に入学。
  • 1933年(昭和8年) 16歳
    岡崎師範学校講師、森曽水の指導を受ける。
  • 1936年(昭和11年) 19歳
    第四回全国書道展覧会に「臨中阿?経」を出品、学生部最高賞「鳩山文部大臣賞」受賞。
  • 1937年(昭和12年) 20歳
    愛知県立岡崎師範学校本科を卒業。
  • 1940年(昭和15年) 23歳
    愛知県立岡崎師範学校専攻科を卒業。
    文部省検定(師範学校・中学校・高等女学校教員)習字科合格(この頃から数年書から遠ざかる)。
  • 1946年(昭和21年) 29歳
    父・幸死去。
  • 1947年(昭和22年) 30歳
    宮地しげ子と結婚(翌昭和23年長男・勝己、その翌24年次男・尋久誕生)。
  • 1948年(昭和23年) 31歳
    「提山」と自ら命名。再度書に志す。
  • 1949年(昭和24年) 32歳
    手島右卿に師事。
  • 1951年(昭和26年) 34歳
    小中学校の勤務を経て愛知県立刈谷商業家庭高等学校へ転任(書道・国語担当)。
  • 1952年(昭和27年) 35歳
    「独立書道会─後に(財)独立書人団と改称」創立会員となる。
    「日展」に「述懐」を出品し初入選
  • 1954年(昭和29年) 37歳
    毎月、手島右卿を迎えて研究会を開始(以後17年間続く)
  • 1957年(昭和32年) 40歳
    「独立書展」に「魁偉」(大画箋4枚大)を出品し「会員奨励賞」受賞
  • 1959年(昭和32年) 42歳
    伊勢湾台風のため、母屋全壊。
  • 1960年(昭和35年) 43歳
    「日展」に「述懐(頼山陽詩)」を出品し特選
  • 1961年(昭和36年) 44歳
    「毎日展」会員
  • 1963年(昭和38年) 46歳
    第一回右卿賞(日展出品作「渓上」に対して)。
  • 1964年(昭和39年) 47歳
    「毎日展」審査員
  • 1967年(昭和42年) 50歳
    「日展」審査員(以降 1972、1979、1985、1992年 審査員)
  • 1968年(昭和43年) 51歳
    「日展」会員
    母・すず死去。
  • 1969年(昭和44年) 52歳
    安城市より「文化賞」を受ける。
    「抱光社」主宰。
  • 1970年(昭和45年) 53歳
    ジャパン・アート・フェスティバル・パリ展に「盛」を指名出品。
  • 1972年(昭和47年) 55歳
    高等学校(昭和40年より愛知県立刈谷高等学校)を退職。作家生活に入る。
  • 1974年(昭和49年) 57歳
    ニューヨークの国連本部のジャパンハウスに常陳作品「如」が収蔵される。
  • 1978年(昭和53年) 61歳
    第1回何有展(岡崎市美術館)に「何」出品。以後毎年2回開催。
  • 1980年(昭和55年) 63歳
    紺綬褒章を受ける。
  • 1981年(昭和56年) 64歳
    講演「少字数書について」。主催は中日書道会西三支部、会場は安城市文化センター。
  • 1982年(昭和57年) 65歳
    師の命により、独立書人団創立30周年記念講演「不易流行」。以降全国的に講演を数十回。
  • 1984年(昭和59年) 67歳
    石碑作品を中心とした個展「野外の書展」
  • 1985年(昭和60年) 68歳
    の中国北京展のため、2回訪中。以後団長や代表者として、中国・欧米に派遣されること数度。
  • 1987年(昭和62年) 70歳
    師・手島右卿の逝去により、独立書人団(任意団体)理事長拝命。同じ頃に(社)全日本書道連盟・(財)全国書美術振興会の理事を拝命。
  • 1988年(昭和63年) 71歳
    (財)毎日書道会理事
    中国人民対外友好協会・毎日新聞社・毎日書道会主催、毎日40周年記念「日本現代書法芸術」北京展(故宮博物院)に「水」を出品して、団長として訪中。
    外務省の要請により、シアトルの「桜まつり」に際しての巡回展「日本の書展」開催記念講演のため渡米。
  • 1989年(平成元年) 72歳
    「日展」に「霊機」を出品し「内閣総理大臣賞」受賞
  • 1990年(平成2年) 73歳
    名古屋丸栄スカイル画廊で「自然への讃─戸田提山書展」開催。
    同時に著書「がま・みみず ─書徒の提言─」を発刊。作品集「自然への讃」出版。
    (財)毎日書道会より「毎日書道顕彰」を受ける。
  • 1991年(平成3年) 74歳
    安芸市主催第9回安芸全国書道展の審査長。現在にいたる。
    刈谷市・中日新聞社主催「永遠の中に刻む書─戸田提山展」(刈谷市美術館)開催。
  • 1992年(平成4年) 75歳
    成田空港第2ビル貴賓室のための「山桜花」揮毫。
    第1回毎日新聞社主催「国際高校生選抜書展」実行委員長(1994年まで在任)。
    紺綬褒章を受ける。
  • 1993年(平成5年) 76歳
    朝日新聞社主催「現代書道二十人展」に出品。以後7年間続く。
  • 1996年(平成8年) 79歳
    (財)独立書人団理事長を辞退、会長となる。
  • 1998年(平成10年) 81歳
    大英図書館に「実朝の歌」が収蔵される。
  • 1999年(平成11年) 82歳
    大英博物館に「神」が収蔵される。
  • 2000年(平成12年) 83歳
    (財)毎日書道会最高顧問となる。
  • 2003年(平成15年) 86歳
    ロシアのエルミタージュ美術館に「雲」が永久保存される。
    県表彰「教育文化功労者表彰」を受ける。
  • 2004年(平成16年) 87歳
    (財)独立書人団会長を辞退、名誉会員となる。
    文化庁より「地域文化功労者表彰」を受ける。
    11月8日午前9時16分永眠。法名「釈 提山」。
  • 2005年(平成17年)
    安城市主催「書の造形美-戸田提山展」(安城市民ギャラリー)開催。
    安城市より「市政功労者表彰」を受ける。